1000年前、かつて「死にゆく世界の支配者」がコダイバナの女王に取り入り、スプリングガーデンに攻め込んできた時代。
世界で初めて誕生したフラワーナイト・フォスと共に、彼の者を討ち倒し後に勇者と語られる極陽の力を持った初代騎士団長。
彼らとは別に、膨大な知識と魔力で、各国家に害虫に対抗する様々な術を編み出した賢人たちがいた。ラエヴァはそのうちの一人、ロータスレイクの賢人である。
ちなみに出身はロータスレイクではない。
長らく鎖国していたロータスレイクの開国と前後して突如として現れ、害虫とは別の勢力として人類に牙を向いた謎の存在『水影の騎士』。
それは賢人ラエヴァが生み出したものであり、一連の黒幕も彼であった。
ラエヴァはとある理由で人類に絶望しており、花騎士などという短命ですぐ壊れてしまうようなものは兵器として不完全であると断言している。
これまでに騎士団が交戦してきた水影の騎士はラエヴァの『実験』。『心』を持つ騎士と持たざる騎士、どちらがより兵器として優れているかを観測していた。
幾度重なる実験の末、ラエヴァが出した結論は「心があれば感情次第で強い力を発揮するが、振れ幅が大きすぎて兵器として不完全」だった。
悲哀の巨塔の入り口にて実験と塔の解析を終え、ついにその姿を現したラエヴァは宣戦布告する。ラエヴァの真の目的は「水影の騎士は花騎士より優れている」と証明すること。
塔は水の魔法を制御するために作られた巨大な機関。それを全て掌握すれば、湖だけでなく、海の水全てがラエヴァの戦力になる。
世界を救うのは花騎士か、水影の騎士か。その雌雄を決するために塔の頂で待つと言い残し、ラエヴァは姿を消す。
そしてついに塔の中で騎士団と相対するラエヴァと、『水鏡方陣』の術で強化された心なき水影の騎士たち。
目覚めたネムノキの説得にも耳を貸さず戦いを繰り広げる中、唐突に騎士団長が倒れた。
深い眠りの中、団長は夢を見る……。
1000年前、知識を求められロータスレイクに来たラエヴァは、膨大な魔力を持つ女王・ネムノキに補佐官として仕え、自身の技術とネムノキの魔力を用いて様々な物を生み出した。
大雨で水に沈んだロータスレイクの町を水中都市として機能させ、戦力差を埋めるために雨を利用して花騎士の代わりに戦う兵士を作り上げた。
全ては仕える主・ネムノキのために。彼女が納める、ロータスレイクのために。彼女の名を世界に轟かせるために――。
かくしてラエヴァは決して表舞台に立つことなく寝る間も惜しんでネムノキに尽くした。兵士たちも民たちも、彼女らの功績に笑顔を綻ばせた。
……しかしことはそう上手くいかなかった。
ネムノキ提案の『水影の騎士』計画も上手くいき、人手不足で防戦一方だったロータスレイクに反撃の兆しが見え始めた矢先のことだった。
遠く離れたコダイバナの地より、支配者が魔力の衝撃を放った。それは物理的なものではなく、建物は崩れず、誰も彼も傷を負わずに済んだ。
――ただ一人、ネムノキを除いて。
件の衝撃は何も破壊することはなかったが、ネムノキの身体に呪いを刻んだ。それは益虫が害虫化する『毒』と同じもの。
それは呪いをかけられたネムノキの命を蝕むだけでなく、進行すればそれ以上の被害を及ぼす可能性を持っていただけでなく、当時の技術ではどうあっても解呪することは不可能という代物。
打つ手のないラエヴァが苦悩の末に出した答えは、ネムノキを時間停止の魔術で封印し、解呪の法が生まれるまで永い眠りにつかせることだった。
ラエヴァは考えた。「――なぜ支配者は、わざわざネムノキ一人のみに呪いをかけたのか?」と。
同じような呪いをより多くの人に振りまけば、より被害は甚大になったはずだ。しかしそうはしなかった。
無垢な一般人には目をくれず、わざわざ多くの魔力を消費してまでコダイバナから遠くロータスレイクの女王に手を伸ばした理由は、ネムノキの力がそれだけ支配者にとっても脅威だったからだろう。
それほどまでにネムノキの名を知らしめた愚か者は、誰だ?
――――自分だ。
かくしてネムノキは表舞台から消え、ロータスレイクの国も瞬く間に変わってしまい、「戦うためだけの兵士を作り出す『水影の騎士計画』は非人道的だ」と新たな王室の決定によって凍結させられた。
それは、ネムノキが民のためを思って発案した計画。それによって救われた人命は決して少なくない。それは間違いなく水影の騎士の、ネムノキの功績だ。
それだけでない、水中都市も、今の騎士団も、ネムノキとラエヴァがいたからこそなりたったもの。それをあっさり切り捨てたロータスレイクという国にラエヴァは失望した。
「ネムノキのいない国など、民などという有象無象はどうでもいい」と吐き捨て独断で水影の騎士を蘇らせようとしたラエヴァを、兵士の槍が貫いた。
ラエヴァは後悔した。後先考えずにネムノキを救世主に仕立て上げようとして、結果彼女の命を脅かすことになった己の愚かさを。
ラエヴァは憎悪した。ネムノキを忘れ、のうのうと生きながらえるロータスレイクという国を。
その魂は肉体が滅びても潰えることはなく、1000年後、目覚めるのであった。
塔の各階にて待ち受ける水影の騎士たちを退け、頂にてお互いの最高の戦力を集めた戦争が始まる。
戦闘は花騎士たちが優勢に進めたが、倒しても倒しても無尽蔵に復活して襲い掛かってくる水影の騎士を前に疲弊する。
だが、団長が発現させた『太陽の剣』がラエヴァ操る騎士に振り下ろされ、力が相殺されることにより、とうとう決着がついた。花騎士側の勝利として。
それでもラエヴァは諦めることなく新たな騎士を創造しようとするも、戦っている隙にネムノキによって塔の権能全てはラエヴァから奪われていた。
往生際悪く自身の残り僅かな魂すら削って戦おうとするも、それを良しとしないネムノキの手によって魂を秘石に封じられた。
これによって文字通り手も足もでなくなり、水影の騎士を生み出す雨も止められた。
騎士団長は夢を見る。夢の中で、語りかけてくる者がいる。
「――ネムノキ様を頼む」
かくして、スプリングガーデン全土を脅かした一連の舞台は、幕を下ろしたのであった。